(注・この記事は多少踏み込んだ表現が登場します。また記事の内容は私個人から見た一意見であることをご理解ください。)

鳴り物入りでスマホゲームデビューを果たした任天堂のキラーコンテンツである「スーパーマリオ」。
スーパーマリオランは配信されてまだ間もないですが、本日の時点ですでに5000万ダウンロードを記録しています。

任天堂は長らく家庭用ゲーム事業として、自社のプラットフォームに専用ソフトを展開する、「ソフトとハードの一体型」のビジネスを行ってきました。
しかしこのスーパーマリオランはiPhone/iPadという他社のプラットフォームへの展開。これまでのスタンスとは異なる新たな事業領域ということになります。
この新しい取り組みは、任天堂IPに触れる人口を増やし、家庭用ゲームへの誘導を図るという目的で進めていくと説明されています。

例えばポケモンGO!が大フィーバーを起こしたのは記憶に新しいですが、実際特に海外ではその効果で3ds版の本編マザーシップタイトル・サン/ムーンが好調な売り上げを記録しており、家庭用ゲームとスマホゲームで連動効果を得ることができるという一つの成功モデルとなりました。
スーパーマリオシリーズもぜひそうなってほしいと期待しています。

しかしそうした明るい側面の一方で、スマホゲームの厳しさ・特異性が垣間見えているのもまた事実です。

スーパーマリオランは全体的に一定の評価を得ている(操作性は本編に比べて単純だが、これはこれで気軽に遊べて〇、など)のですが、一部で酷評されていることも報じられています。

もちろん人それぞれプレイした感想というのは違うものなので、酷評することが悪いなどというつもりはありません。この記事で取り上げたいのは、その酷評の中身についてです。
具体的には、

「すべてのステージが無料で遊べない」

というもの。

無料でダウンロードができる本作ですが、ただで遊べるのはワールド1-3まで。それ以降をすべて遊ぶためには1200円の課金が必要という形になっています。いわゆる「フリートゥースタート」型ですね。 

しかしその部分を勘違いされていた方も多かったようで、最初から最後まで無課金で遊べると思っていたのに・・・という声が聞かれているわけです。

このことに関しては、APPストアに有料アプリとして出すべきだったという意見や、もっと広く周知するべきだったなどという意見もあります。
もちろん私もそうした意見に一理あると思う部分もあるのですが、それ以上にここまで大きな酷評という形となって問題が表出したことに驚いた、というのが正直なところです。

家庭用ゲームを中心に遊んでいるゲーマーの方なら、「体験版→本編の購入」というのは慣れ親しんだ流れとなっています。体験版ですべてが遊べないことに怒る人はいませんよね。

しかし今回のスーパーマリオランでは、「基本プレイ無料・追加アイテム課金あり」という形式にスマホゲームユーザーが慣れすぎてしまっていたため、”ただプレイするだけなのになぜ金を取るのか”という発想になってしまったのだと思います。本来は無料で最初から最後まで遊べる方が特別だと思うんですけどね。

(もちろん、無料でダウンロードして遊べるのは「体験版」の位置づけであるということを周知しきれていなかったことは任天堂の誤算だったのではないかと思いますし、悪手だったと言えるかもしれません。)

家庭用ゲームは基本的に数千円の値段を支払って遊ぶのが当たり前、という市場です。
一方でスマホゲームは基本的には無料で遊ぶというのが当たり前。(課金者を除きます)
その意味で、同じ”ゲーム”というジャンルでありながら、傾向がまるっきり異なる市場・ゲーム性が形成されています。

私はゲームはただ安くなればいいとは考えていません。
価格が下がれば下がるほど、ゲームの価値は低く扱われるようになります。
また一度ゲームは無料でするものだ、という固定観念がついてしまえば、ゲームにお金を出すのをためらうようになってしまう方もいると思います。

そしてもしそういう人が増えれば、業界はより基本プレイ無料型のゲームに重点を置くでしょう。しかし先述の通り、課金型ゲームとパッケージゲームでは市場やゲーム性が全く異なります。家庭用ゲームファンとしてはやはり買い切り型のソフトを応援したいんですよね。

ですから私はゲームには一定の価値を持ち続けて欲しい。
そういう意味で、私は逆に、「マリオをただで遊べる日は来てほしくない」と思っています。 

(物議を醸しかねないネタではありますが、思っていることを正直に書いてみました。それと念のためですが、基本プレイ無料ゲームをプレイするユーザーを批判する意図などは全くありません。)

 

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